【子どもの切ない感情を大人がどう理解してやるか】



 これが少年問題を解決する「根っ子」にあるポイントである。

 もちろん、子どもを理解する、子どもを動かす、子どもと良い人間関係を作る

子どもを「いきいきさせる」ことの基本であろう。

 だから、大人として、教師として「子ども理解」の根底がここになければなら

ない。それができない親、大人、教師が多いから、こんな世の中になってしまっ

たのである。ナイフ事件も連続殺人事件もここに戻って理解してもらいたい。

 同根なのである。こんなことを、話を聞きながら自分の中でまとめてしまった。

 講演「少年問題を考える」、県警本部生活安全課少年課係長 高森 美紀子氏

の具体事例をあげながらの話に参会者は引き込まれた。感動したが、反面疑問が

出てきた。「聞いている先生方はこの内容を始めて知るのだろうか?」「親やそ

の周囲のバカさ加減で小さな心を荒ませて育ち、溜まりに溜まったから問題を起

こしている事位誰でも知っている筈ではなかったのか?」と思ったのである。

 しかし、子どもが幼少であると、このことには気付かない大人が多すぎる。集

まった先生方でさえ、そうである。(本当に腹立たしい!)

 高森さんの話の一例を紹介しよう。

 鍵のかかっている家の階段の踊り場に(中味は抜いてしまった)盗んだサイフ

が投げられていた。交番に家の前に落ちていたと届け出て解決したが、同じサイ

フ(ピアノの先生のもの)がまた投げられていた。隣家の女の子の仕業ではない

かと母が話に来たという。この話をず〜と聞いていて、実際はあなたの娘が盗っ

たとピ〜ンと来て、その母親と関わりが続いたのだ。家庭環境は年の小さい小4、

2、年中の子と一緒。母は一人っ子で、小4の子が生まれるまでは殆ど長女を

実家の親に育ててもらったという。長女は可愛くない子で話もしないし、甘える

こともしないと言う。家の掃き掃除は黙って長女がするが、下の子たちは言いつ

けても「ヤーダよ」と言い、しないのである。(誤った親の姿がここにある)

 そう、この子が母に見せるのは完全な繕った姿だけである。母も可愛いと思っ

たことがなかった…と話す。

 「お母さん、あの子がサイフのことを言い出すまでは言わないで、しっかり可

愛いがってくださいね。」「ホッペにチュしたり、三ツ編みをしてあげたりと、

しっかり抱きしめてやってね。」と励ますのだ。

 もう一例、30人の窃盗グループの話。取り調べる順番を中の子どもが教えてや

ろうか?と言ってくれたこと。仲間の性格を実によく分かっている子ども。この

窃盗グループは落とせると思ったそうだ。しかし、最後の二人はさすがにしぶと

かった。絶対に自分で盗ったとはいわない。

 長い付き合いの中で、家庭の様子に触れる。家庭環境表を見れば、下の子ども

たちとは随分年が離れている。

 「お前の母さんとは生き別れか?」「死んだ」「何時死んだ?」「小学校3年

生の時」「どうして死んだ?」「病気。病院へ行ったら、白い布が掛けられてい

た」「そのこと、もっと何か話してみろ」「嫌だ」「どうして?」「みんなが悲

しがっていたが、自分はテレビを見たいから帰りたいといった」……

「他には?」「何にも覚えていない」「小3なら、想い出がいっぱいあるはずだ。

今は寂しいよな。」「どうして寂しいのが解るんだ?」「弟たちだけでなく、父

チャンに今もあの時の様に可愛がって欲しいよな」「……(泣く)」

 こんな経緯があって、超不良(?) のこの少年が「高森さんこそ自分を解ってく

れる一人の大人」だと認めてくれたのである。その後は少年たちの自発的な協力

で事件の全容が明らかになり、山程の品物が回収出来たそうだ。

 その時、「おばさん、警察にライトバンあるか?ダンボールもあるか?」とま

で言ってくれたのである。もう一人の少年の辛さも、励ましも絡んだ、この数倍

の話があるが、これは割愛したい。

 さて、上手くまとめるには紙面が足りなくなった。高森さんが少年問題の重点

として何度も強調された言葉を羅列して責を果たしたい。

 「何故、少年が問題を起こすのか?」この根底には「子どもの欲求不満がある」

それも、すべて「子どもからのメッセージを大人が受け入れない」と言う不幸がだ

んだん膨らんで、爆発する。そんな構造である。(黒板に書いてくれた)

                                           

   心に溜まったものを排出する→    言語    乱暴なことば

                                   行動    行動に出す。これが少年問題

                                  身体    内向性なこれは危険

 この、子どもの切ない感情は殆どが

家庭の問題なのだ。だから、「家庭の問題はプライバシー」だと踏み込まないと

何も解決しない。ずけずけと家庭のプライバシーに踏み込むのは失礼もあろう。

 しかし、子どもへの愛情があれば切り抜けもできるし、分かってもらった。

 他人の痛みが分からない。家庭でしつけができない。等々、多くの家庭の問題

を学校だけで解決できると考えたり、抱え込むこと自体がおかしくはないか。

 子どもと同じレベルでモノを考え、行動していれば「家庭の問題」には踏み込

まれないであろう。それ以上の視点をもち、愛情をもち、社会の連帯性を強めて

解決に努力していくことが大切である。

 家庭環境表1枚を見れば、少年の抱えている切なさが理解できないだろうか。

 例えば、学校の先生なら、風が強い夜には、自分の学級で子どもが何を考えて

いるか思える人間になって欲しい。そして、一人夜に泣いている子には声をかけ

て欲しい。電話でいい「強い風が吹いて怖いな。先生も一人だけどさ。気を付け

て寝れよ。」と。

「誰かが受け皿にならなければならないのです。」繰り返されていた。

 確かに教師もその一員ではなかろうか。私たちも原点から再度考え直そうでは

ないか。





        少年鑑別所長さんの話をきいて…



 平成11年6月24日、新潟少年鑑別所長、永井 君子氏の講演を聞いた。

 現代の少年非行とその問題点について触れてくださった。この内容を少し紹介

したい。

 鑑別所は鑑別をするだけで、更正施設ではないのだが、やはり入所して来る少

年(触法の少年の数%なのだろうが)に触れて感じる事は次の4点である。

・ 非行という事実が広く浅く蔓延していること。誰でもおこす。非行少年と普

 通の少年という区別が無くなっていること。

・ ほとんどが集団非行であること。一人で非行をするのではなく、罪悪感もな

 く遊びの調子で(ルパン3世になったような感覚)行う。

・ 粗暴化・凶悪化しており、薬物利用が急速に増えている。注射とかではない、

 蒸気を吸うだけの気安な誘惑に薬物と言う意識が薄くなってきている。

・ 性非行については大人の世界、マスコミにあおられ、罪悪感を感じさせるこ

 とが難しい時代である。(自分の身体を自分のために使うのが何故悪い?など

 と反論する子。ナンパは法律違反か?と言う子。疑問を受けとめ、キチンと教

 えられない社会である。)

 さて、こう言われると我々大人の責務である「子どもへの対応」はどうあれば

いいのだろうか。大人が皆で悩まなくてはならない局面に立っている事を自覚す

ることである。レジュメにもこう書いてあった。

・ どの事例をも解釈できる公式・理論はない。

・ 何にでも効く万能薬はない。

・ 非行少年を問題にするということは、大人自身の問題でもある。

 ◆ 留意点

 ・ 少々のストレスや挫折にくじけない子ども

 ・ 適切な大人の理解と援助

 ・ 子どもは一個の独立した人格であり、その子の人生を歩む

 ・ 大人と子どもの協同作業

 

 私が感じ、思ったこと「質問させてくれませんか?この悪玉一人を少年刑務所

に送ってさえくれたら、愚図な15人がまともになったのに。授業を妨害され迷惑

を受けていた何百人もの子が救われたのに。ゆすり、たかり、暴力で何百人もの

子が助かったのに、どうして不審判にして、学校へ戻したのですか?学校でダメ

だから罪を犯した子をまたどうして学校へ戻すことを審判するのですか?」と

 お時間がなくて質問の時間はなかった。昭和45年に入所され、今日まで鑑別所

勤務だという、予想できない位に明るい方だった。鑑別するだけで、最後まで面

倒みる必要がないからであろうか?比べると、やはり教師の職業が一番責任が大

きいものと言えよう。後で酷い非行例を肴に飲んだ。



             神戸の事件も教育問題なのか



  一方的に教師の立場で書く。何人かの中学校の先生が話していた。「神戸の事

件ですがセンセ!中学生が犯人だったのは驚いたでしょうネ」と良く言われるそ

うだ。「だけどネ、正直言って、中学校の教師やってたら皆さんの考えているほ

ど意外ではないですよ。」そうそう実感だ。私も殺人事件は経験ない(したくは

ない)が、後のことは殆ど中学校で見てきた。遊びの感覚で死んでいった子の悲

しさも見てきた。むしろ学校の先生に対して上のようなことを語る人に怒りを覚

える。もっと実態を良く知って欲しいものだ…と。

 さて一般論だが、事件が起こると「人権尊重」が問題として浮き上がる。大抵

は加害者の人権問題だ。被害者の人権は殆ど無視されているようだ。

 学校はその典型であろう。善良な子らが皆被害者となっている事実は誰も話し

たり、不満の意を出さない。被害者が出ているのに一体教師は何をしているか…

などとお叱りも出よう。言うことを聞かない子どもの姿をもっと正確に想像して

欲しいものだ。教室で暴れる中学生を力で抑え、その傍らで良い授業ができる教

師はそういない。暴れる子を前に教育談義では遅すぎるのだ。

 教育は10年後に成果が表れると言われるが、小学校教育の成否を痛みをもっ

て感じ、日々精進していかなければならないと感じている。また、そんな見方が

具体的な事例にそって小学校教師に備わるよう努力したい。家庭教育も同様なこ

とが言える。

 「子どものする悪るさ、いたずら」と「犯罪の芽」の境界線を見極め、明確な

指導ができないのが今の不幸の根本だ。「援助交際」は高校生でも誰でも売春と

いう犯罪である。小・中学生から金品を巻き上げ、まとわりついている有職少年

らの行動は組織暴力である。大人やヤクザがらみで組織的、広域的な犯罪だから

教育的指導はすぐ壁に突き当たってしまうのだ。

 また、ここまで荒んだ子の周囲にいた多くの大人の責任を殆ど問わない事も変

わった世の中だと思う。結局、周囲にクドクドと次のことを話していくしかない。

 少年だからこそ、若いうちに鍛え、清く正しい生き方を身につけさせることが

大切である。怠惰や犯罪に浸りきった少年たちを生み出しているのに、知らぬ振

りする大人は冷たい。彼らにもっと社会の愛情を注ぎましょう。